2013年01月06日
世界に羽ばたくために
世界に羽ばたくために会社の作りを変えなくてはいけないなと思っています。
これまでマイネットは日本の市場を対象にビジネスをしてきました。生まれ育ってよく知った国のことですので、顧客の考えはおよそ想像できる範囲にありました。
一つの国でビジネスをするときはその国に根づいた文化や流行をよく読みとってサービスに反映するのが正攻法になります。マイネットもこれまでそうしてきました。
ところが複数国にまたがってビジネスをするときに一つひとつの国に合わせてサービスを作り込んでいてはなかなか割に合いません。
そもそもある国の人向けに最適化したサービスを提供するには現地の人がやった方が早くてうまいに決まっています。そういう現地化には10年かかります。
回転の早いインターネットの領域で10年はなかなか待てません。そこで成功するには代わりにサービス価値が世界共通であることにこだわらなくてはいけないと思います。
世界共通と口で言うのは簡単ですが、実際にそれが世界共通かどうかを測るにはサービス企画者が各国の空気を肌で感じて偏りのない感性を身につけていなくてはなりません。
またローカルビジネスに従事してきた人だけで意思決定をしていては自ずと偏りが出てしまうので、グローバルビジネス従事者を意思決定に加えなくてはならないと思います。
そして何より社長が変わらないといけません。英語と経済合理性という共通言語を身につけ、世界共通の価値を語れる頭と体を手に入れることが成功の必要条件だと思います。
グローバルベンチャーへの挑戦。楽しく進めていこうと思います。
2013年01月05日
わかりやすさが大切
人の話はわかりやすさが大切だと思います。
小学生が話のうまい先生を好きになるのと同じことで、よくわかるように話してくれる人には誰しも好感を持ちます。
反対に、聴いていて何を言っているかわからないのはとても苦痛です。話の難しい上司のいうことはなかなかやる気になれないですね。
話す人は何か伝えたいことがあって一生懸命伝えようとするのですが、話が難しいとむしろ相手のやる気をそいでしまうのが世の中の難しいところ。
話が難しくなってしまうときは、話す本人が本当のところをわかっていないことが多いと思います。頭ではわかっていても、腹にはおちていない。
頭でわかるというのは「理解」。理性をつかさどる左脳のほうに理屈を叩きこんだら何とかわかった気にはなれます。
腹におちるというのは「納得」。感性をつかさどる右脳のほうで「なにかちがう」とひっかかりを感じることなくスムーズに受け入れることです。
話の難しい人は、自分が納得していないうちに相手に理解だけを求めてしまっていることが多いように思います。
理解だけを求めると話はどんどんと細かいところにいってしまいます。気づけばそもそも何の話だったかわからなくなってしまうこともしばしば。
スムーズな納得をもらうために、私なんかはいつも伝えたいことをひとことにしてみます。目指すは自分でも腹落ちするひとこと。
うまくひとことにできないとしたら、それは伝えたいことを自分が納得していないのだと思います。
そんな時は伝えたい事やその周りのことをちょっと遠くまで調べて知識を盛って、そこからもう一度ひとことを削り出します。
丸太から仏像を削り出すみたいに、知識の山から腹落ちするひとことを削り出していくイメージです。
もうひとつ。細かいことは切り落とします。まずは大まかなところで納得してもらうのが大切。細かい理解は後から掘ればいいので。
少しひっかかりがあっても全体への影響が2割以下だなと思ったらそれは細かいこととして選り分けます。細かいことは細かく解決。大切なのは全体像。
かくいう私もまだ修行中。何ごともひとことでわかりやすく伝えられるようになりたいものですね。
2013年01月04日
2013年 新年の抱負
2013年のスタートです。
マイネット・ジャパンは2013年1月1日付で Mynet Inc.(株式会社マイネット)へと商号を変更し、世界へ飛び立つ年となります。
この数年の急速なスマートフォン普及のおかげで世界中のユーザーにワンボタンでサービスを届けられるようになりました。
当社のようなベンチャーにとってはこれまでにないエキサイティングなチャンスがやってきたと感じています。
当社はこのチャンスに一点集中で力を注ぎこみ、これまで日本のインターネットベンチャーが成しえなかったグローバル1stでの急成長を目指してまいります。
当社のスマートフォンアプリではユーザー同士がゲームを通じて言葉を越えた共鳴共感を味わい、世界中の人と繋がっています。
これが広まれば広まるほど、世界中の人が気軽に心を通わせて世界は今より笑顔であふれていくと信じています。
世界中の人に心通う喜びをお届けしたい。
今年も上向きでまいります。皆様のご支援ご指導、何卒よろしくお願いします。
Mynet Inc. CEO & Founder
上原 仁 Jin Uehara
Mynet Inc. ( 株式会社マイネット ) 新会社サイト
2012年09月19日
「ソシャゲの企画書」はじめました
2012年5月、マイネット・ジャパンはソーシャルゲーム事業に参入しました。"3周遅れ"のスタートでしたが、市場のスマートフォン移行の波を捉えることができ比較的うまく立ち上がっている現状です。応援くださった皆さま、本当にありがとうございます。
そんな中、ソーシャルゲーム研究の一貫として新しいブログメディアをスタートしました。名前は「ソシャゲの企画書」。
ヒットしているソーシャルゲームの企画書を再現しながら、流行るゲームの企画のキモに迫っていこうというメディアです。
本日スタート一本目に出したパズル&ドラゴンズに関するコンテンツがさっそくはてなブックマークでホットエントリ入りしています。
ソシャゲの企画書 : 120万人がハマった新感覚ソーシャルゲーム ~パズドラ6つの秘密~

明日以降、どんどんとコンテンツを追加していきます。ソーシャルゲームに携わる方からサービス企画のトレンド全般に興味ある方まで、いっしょに楽しんでくださるとうれしいです。
■関連:
・「ソーシャルゲームこそがウェブコミュニティの正統進化」 マイネット上原氏方向転換を語る#IVS【湯川】 : TechWave
・ソーシャルゲーム『ファルキューレの紋章』をmixiにて提供開始 (マイネット・ジャパン Info Blog)
2012年08月01日
2012.8.1マイネット・ジャパン代表挨拶
「どこでもドアの実現」。一見突飛に見えるこの言葉が私たちマイネット・ジャパンの企業理念です。時空を越えて人と人がめぐり会えるどこでもドアのように、いつでもどこでも人と人が通じ合えるコミュニケーションをインターネットの力で生みだしている会社です。
私たちは創業以来6年間、ソーシャルとモバイルの領域で様々なサービスを展開してきました。旬の話題で交流する国内初のソーシャルニュースサイト「newsing(ニューシング)」、街のお店とお客さまを携帯でつなぐ販促ASP「katy(ケイティ)」。いずれも国内で新たな市場を切り拓いた自社サービスです。
近年はウェブコミュニティの進化形として多くのユーザーに支持されているソーシャルゲームのサービスを提供しています。スマートフォン向けに洗練したゲームシステムはもちろん、洗練の”Cool Japan”で貫いた世界観、ストーリー、キャラクターまで自社オリジナルで企画開発しているのが特徴です。
創業以来これまで一貫してこだわってきた「画面の向こうに人がいる」を感じられるユーザー体験をソーシャルゲームの中で提供できる企画開発力が、市場で勝ち抜く私たちの強みとなっています。
今後のソーシャル・モバイルは世界中がシームレスな一つの市場となっていきます。特にスマートフォンの普及は急速で、2017年には15億台が世界共通プラットフォームでつながります。世界の15億人に向けて一度に価値を届けられるこの市場は過去最高にエキサイティングな機会です。
当社は業界屈指の技術陣と事業陣が一丸となってこの機会を捉え、どこでもドアへと通じるコミュニケーションの価値を世界中に届けてまいります。
皆様、どうぞご支援ご指導のほど何卒よろしくお願い申し上げます。
2012年8月1日
株式会社マイネット・ジャパン
代表取締役社長 上原 仁
2012年05月21日
かんたんな決定と命令の話
優れたチームリーダーは決定と命令がうまいです。
仕事というのは決めるシーンの連続です。なかでも人とカネに関わる決めごとというのは重い責任を伴います。その責任を負うことがリーダーをリーダーたらしめます。
人の役割と時間の配分はチームの成果にもっとも大きく影響します。チームリーダーがうまく全体最適を見計らって、スループットを最大にしていなくてはいけません。
(メンバーの創発や意欲を促すプロセスはここでは割愛)
ここでメンバーの意向を汲むことは部分最適のパフォーマンスをアップさせます。ただそのパフォーマンスがスループットに寄与するものでなければ意味はありません。
リーダーはメンバーの意向のうちどれを汲んでどれを捨てるのかを決定します。ここで何ひとつ捨てる判断ができないリーダーのチームは多くの場合のちに破たんします。
役割と配分が決まったらリーダーはそれを命令します。命令といっても「やれ」「しろ」などの言葉尻の話ではなく、やると決めたことが"マスト"としてしっかりメンバーに伝わることです。
メンバーが決定を受けてチームの成果のために動き出すことはもとより、ここで命令というステップを踏むことでリーダーは決定に責任を負うことになります。
ここで負う責任が後にチームに苦難が訪れたときに力を発揮します。
チームの成果が上がらないときはメンバーの役割・配分を変更しなくてはいけません。このときリーダーは元の決定に責任を負っていればこそ自ら変更を決定できます。
チームのメンバーに著しい怠慢があったとき、改善しようにもあらゆる手立てが通じなかったとき、リーダーはそのメンバーをチームから取り除く決断を迫られることがあります。このときもリーダーは命令した責任を負っているゆえに厳しい決断をくだせます。
命令のステップが責任の分散を防ぎ、苦しいときにも立て直せる強いチームを作ります。
チームが動き出してすぐのうち、リーダーとメンバーは共通のゴールに向かってフラットな関係で始まることも多いでしょう。それはそれでたいへんよいことです。
ただ大きなゴールに到達するまでにチームリーダーは決定と命令の大切さを身にしみて味わいます。そのときに備えて多少の摩擦を吹き飛ばすくらいの笑顔と自信を身につけておきたいですね。
2012年05月16日
かんたんなスループットの話
チームでサービスをつくるときに大切な考えに「スループット」があります。
スループットとは簡単に言うと「お金に換わった仕事量」のこと。
どれだけたくさん仕事をしてもどれだけすごいモノが作れても、使われなければはじまらない。エンドユーザーに使われて、お金に換わったときに初めて意味をなすということです。
(お金じゃ買えない価値があるという議論は別途)
例えばインターネットサービスの場合、デザイナーがどれだけイケてるデザインをしても、コーディングされなければスループットにはなりません。
エンジニアが1万行のコードを書いても、本番にデプロイされなければスループットにはなりません。
マーケッターがどれだけサービスを認知させても、利用されなければスループットにはなりません。
それぞれのメンバーが済ませた仕事をバケツリレーのように次の工程に渡していき、リレーのすべてが課金まで繋がった瞬間にはじめてチームのスループットになります。
バケツリレーがスムーズに繋がっているとスループットはどんどん上がっていきます。リレーバケツが誰かの手前に溜まっているとスループットは上がりません。
バケツが溜まってる工程をボトルネックと言います。バケツリレーの途中にボトルネックがあるときには、他の工程がどんなにがんばってもスループットは変わりません。
ボトルネックが生まれたら他の工程の人は①ボトルネック工程を手伝う、②先回りしてやれることをやる、③休む のいずれかを選ぶことになります。
①ができるときはこれが一番ですが、無理やりその工程に慣れない人が加わると教えたり直したりに時間がかかって却って遅くなることがままあります。
また経験上、細部は走りながら決めていくことが多いインターネットサービス開発の場合、②は結局後々手戻りになることが多いように思います。
なので、ボトルネックができたときは素直に休む、というのは結構ありな選択です。ぐずぐずせずにきちんと休んで翌日のパフォーマンスを高めればいいのです。
ただもちろん、ボトルネックが生まれずにバケツリレーがずっと繋がっているときが一番チームのスループットは高まります。
なので、チーム全体にボトルネックが生まれないようにゴールとリソースをうまく調節するのがチームリーダーのもっとも大事なお仕事なのです。
2012年05月14日
ゲームの力を仕事に生かす
最近ゲームの力を学んでいます。
直近でゲームというと話題のソーシャルゲームとコンプガチャあたりに目線が行ってしまいそうですが、本来のゲームというのは二人以上がゴールとルールを共有した瞬間に成立するとても普遍的なものです。スポーツの試合を英語では"game"と言いますがそんな広義の意味が本来ですね。ただ、今般世間でゲームと言えばおよそコンピュータゲーム全般を指すと思っていいでしょう。
世代によってゲームという言葉への意識は異なります。任天堂のファミリーコンピュータ登場前の60年代以前の世代にとってゲームは「やるとバカになる」もの、70年代の世代にとっては「やると怒られる」もの、携帯ゲーム機以降の80年代の世代には「いつでもやれるもの」、そして90年代以降では「なくてはならないもの」へと変遷しています。
80年代以降の世代は普段の生活からゲームによる刺激的で合理的な体験をふんだんに味わって育っているので、退屈なものや反応の薄いもの、ゴールの見えない我慢を強いられるものへの耐性が古い世代と比べて低くなっています。「ゲーム的」世代とでも言いましょうか。
この世代の特徴を捉えてゆとりだとかゲーム脳だとか呼ぶ年寄りが多くいますが、時代の変遷とともに「ゲーム的」な方が主流の価値観になっていくのだと思います。たとえばゲーム供給そのものを生業としていなくとも、商業サービスでもウェブサービスでも、また部下やチームのマネジメントにおいてもゲーム化することが成功の必要条件となってくるのだと思います。
ゲーム化とは単純に言えばこの世代がネガティブに捉える「退屈」「反応薄」「ゴール見えない」「窮屈なルール」といった因子を取り除き、その反対に以下の4要素をサービスやマネジメントに織り込んでいくことだと考えています。
1.思わず参加したくなる「ワクワク感」
2.小刻みで巧みな「フィードバック」
3.到達可能で魅力的な「ゴール設定」
4.興味をそそる「ルール表現」
1のワクワク感はそのアクティビティに自発的に参加してもらうために、初見の人でも気を惹き興味を持たせてテンションを上げるメッセージや見た目の姿によって形成されます。ゲームソフトでもパッケージや謳い文句で見込み客を惹きつけ購入させて初めて中身を味わってもらえますがそれと同じ。
ありがちなのはサービスの芯やマネジメントの意味をありのままに伝えたがる提供者。高倉健の時代じゃないので自分不器用ですからメソッドでは通じません。対象に合わせたインターフェースを設計してワクワク感を演出することがまず重要です。また継続参加者には徐々にストーリーを深く共有していくことによってワクワク感を持続させることになります。
2のフィードバックは参加者がテンションを保つための必須要件。「ポジティブ面を可視化」「他人と比較できる」「いつでも見える」といった条件が揃っているのが理想です。このためにゴールに向かう道のりを定量化し、公正に測定できていなくてはなりません。ショップのスタンプカードは典型例ですし、マネジメントでもありがとうカードや360°評価などで実証が進んでいるところです。
3のゴール設定についてはマネジメント面での原則を先日ブログに書きました。
ゴール設定と成功体験|近江商人JINBLOG
ゲーム設計の中で最も大切なのはやはりゴール設定なのだと思います。他の3要素がおのずと成立するようにゴールを巧く設定することが成功の秘訣ですね。ウェブサービスにおいてはゴール設定がいかに多くの人を惹きつけ、参加者にとってより深い「ゴールの共有体験」を感じられるかがキモになります。
4のルールの表現が最も従来型のサービスやマネジメントとの差が出るところだと思います。多数の参加者を公正に迷子にさせずにゴールまで導くためにゲームのルールは大切です。しかしルールをそのまま「制約条件」として伝えていては参加者の思考や行動が制限されるだけになり参加意欲も奪いかねません。いかに参加者の興味をそそりなおかつゴールへの道筋をガイドするようなルール表現にできるかがセンスの問われるところです。
例えばスーパーマリオブラザーズには敵キャラにぶつかると死んでしまうというルールがありますが、これを説明書を読んで知る人などいません。実際にプレイしてぶつかった瞬間に「ピビョン!テレッテテテッテッテン♪」という愉快で印象的なゲーム音楽を流すことで、「これは失敗なのだ(でもなんか楽しい)」というポジティブな感情の喚起と同時にルール理解を促しています。こういったゲーム世界での表現技法をサービスやマネジメントに組み込んでいくことが求められるのだと思います。
ゲーム化は70年代以前の世代の多くにはまだ理解されにくい考え方ではありますが、今後社会のあらゆるシーンにゲーム化の波が押し寄せてくると思います。すでに先進的なサービスや企業のマネジメントには取り入れられています。私も引き続きゲームの先人によく学んで自社の経営に取り入れていきたいと思っています。
2012年05月03日
ゴール設定と成功体験
仕事人生を楽しむ秘訣はゴール設定と成功体験の積み重ねにあると思います。
仕事人生というのは人生のうちに否応なく過ごすことになる社会と対峙する時間。サラリーマンや独立者など職業人として対価を得て働くものから、広義では主婦が家庭で行う家事や子育てといった活動の期間にも当てはまります。
職業選択の自由によって仕事の選択は多かれ少なかれ自らの決定によって行われますので、その活動には一定の自発性が伴います。自発性の熱量はモチベーションと言い換えることもできます。モチベーションは仕事を遂行する上で自己を動かす燃料となるものです。
モチベーションを燃料にして到達する先がゴールです。ゴールは仕事人生全体という大粒度で設定するものから短期間の活動に対して小粒度に設定するものまで様々にあります。
ゴールは自身で設定することもあれば然るマネージャーに設定してもらうこともあります。仕事人としてのレベルが高次に至れば至るほどゴールの粒度は大きく、設定は自らの意思で行うようになります。
ゴール設定には4つの原則があります。「到達可能」「計測可能」「粒度バランス」「内的意欲」の4つです。
まず「到達可能」についてはゴールが現実的に到達できる距離にあることです。ただし簡単すぎては仕事が退屈なものになりますので、到達までにクリア可能な問題が一定量存在していることが大切です。問題の難度はモチベーションの高さに比例させるのがよいです。
「計測可能」についてはゴールまでの到達状況を定量的に可視化できることです。これによって自らステータスを把握したり、競争や評価者によるフィードバックを受けて意欲を保ったり動きを調節することができます。
「粒度バランス」は本人の仕事人レベルとゴール粒度とのバランスが取れていることです。仕事人として未熟なのに長期で大きすぎるゴールのみが設定されていると途中で迷子になります。反対にミドルやベテランが短期の小ゴールのみを設定していては成長も生産性も頭打ちです。
「内的意欲」は最も大切なポイントです。ゴールを意識したときに「ゴールに到達したい」という内的な意欲が湧いてくること。問題にぶつかってもゴールに到達するためなら問題を乗り越えたいと感じられることです。
適切に設定されたゴールに到達すると人は達成感を味わいます。これを成功体験と言い換えることができます。仕事人は成功体験を積み重ねることでその仕事に対するモチベーションを向上させます。燃料補給です。
そのモチベーションを燃料にまた次のより大きなゴールに向けて動き始めます。このゴール設定→成功体験→モチベーション→ゴール設定 のサイクルを循環させながら仕事人は仕事を楽しみながら成長していくことができるのです。
2012年04月18日
仲間がいい仕事したら押すボタン
↓↓PC/スマホの音量を上げて押す↓↓
2012年04月12日
タイムマシンを手に入れよう -2012新卒社員へ
4月2日に5名の2012年新卒社員が入社しました。無事に新卒研修を経て昨日各部署に配属されています。やる気あふれる彼らの姿勢に刺激されて、会社全体に力がみなぎっていくのを感じます。
入社式では「タイムマシンを手に入れよう」と話しました。
要は長期ゴールから逆算する視点を持とうということ。
あなた達が社会人として過ごす期間は約40年。2050年までは否応なく社会と向き合っていくことになります。
その間に日本は人口減少と向き合い世界は日本を見て進化を遂げ、次の時代が形作られていくでしょう。あなた達が生きるのは予定調和のない時代、チャンスの大きい時代です。
社会には若くして評価される人もいれば大器晩成の人もいます。最終的にはその40年の時間で社会に及ぼした変化の総量がその人の社会人としての価値となります。
でもおそらくあなた達の頭の中は今、配属後の業務や今やりたいことでいっぱいでしょう。それはそれで大切なことですがふと想像してみてください。
ゴールに辿り着いた2050年の未来から逆算したときに、今の自分が為すべきこと。そのためにこれからどんなアクションが必要か。
そこでは短期の興味や成果だけではなく、長期のキャリア形成や能力向上が必要なはずです。
今の自分から1年先を見据える短期展望と40年後から逆算する長期展望、その二つをバランスよく両立させた道を辿り続ける人が社会から長く必要とされる人です。
マイネット・ジャパンの一員として、ぜひ社会から長く必要とされる人になってほしい。あなた達の成長を本当に楽しみにしています。
2012年03月08日
リンクメタデータ -ソーシャルグラフの次にくるもの
「リンクメタデータ」が2012年以降のインターネットサービスの要諦になると考えています。リンクメタデータとは、ソーシャルグラフにおけるリンクの意味と濃度のデータのことです。
■SNSの変遷
Friendsterを起源にインターネット上でソーシャルネットワークが形成されるようになって早9年が経とうとしています。日本国内では2004年2月のmixi・GREEの開始から7年。この間にソーシャルネットワーキングサービス(SNS)は検索サービスと並ぶインターネットの2大領域の一端となりました。
SNSのコアはソーシャルグラフです。ソーシャルグラフはユーザーが自らの人間関係を自発的にインターネット上に可視化することで形成され、その上を各種のコンテンツが流通することでサービス価値を生んでいます。Facebookでつながった友人の近況アップデートや写真がニュースフィードに表示されるのを見たりやりとりしたりして楽しむといったことです。
このサービス価値は通常、時間と共に劣化します。時間と共に人の持つ人間関係は移り変わるのに、SNSに形成したソーシャルグラフは固定されたままになるためです。理想としては人間関係の移ろいに合わせてSNS上のソーシャルグラフも紡ぎなおしていけばよいのですが、誰しも自らリンクを切って別の人につなぐ行為ははばかられるものです。
このためユーザーは一つのSNS内でソーシャルグラフをメンテナンスすることよりそもそもSNSを移動することを選びます。Friendster→Orkut→MySpace→Facebookのように。これがこの9年間、SNSの勢力移動が繰り返されてきた理由です。総称して「ソーシャルグラフのリフレッシュ問題」と呼ぶことができます。
■ソーシャルグラフのリフレッシュ問題
ソーシャルグラフのリフレッシュ問題に一次回答を出しているのがFacebookのニュースフィードです。Facebookはエッジランクと呼ぶ記事の重みづけ(関連性、注目度、新鮮さの組み合わせ)によってニュースフィードに出す記事を選定しています。
このおかげでユーザーには親しい人の注目すべき情報のみが目につき、親しくない人は時間を経るにつれ忘れ去ることになっていきます。結果的にソーシャルグラフのリンクはつながりの有無だけを意味する無味無臭なものとなり、ユーザーにとっては直近に関係の濃い相手と通じ合えるツールにFacebookがなっているということになります。
ここで大事なのはリンクそのものが無意味なわけではないということです。日本人で例えれば「年賀状の関係」というものがあります。普段の仕事や生活では関わりもなければコミュニケーションも不要な相手、ただ年に一度くらいは音信を取っておきたい相手。そんな関係をも必要に応じてコネクトできることはやはり有用です。
ニュースフィードのリフレッシュ効果によって人間関係の変化を意識せず一つの実名グラフを年々太らせていくことになるFacebookの構造はこれまでの勢力移動を繰り返したSNSとは異なる普遍性を持つといえるでしょう。
■Facebookによるリンクメタデータの蓄積
2011年9月にFacebookは自社の開発者イベント「f8」で新オープングラフの発表を行いました。これはソーシャルアプリ上のユーザーアクションに動詞の意味付けを行えるようにしてユーザーのアクティビティフィードをリッチにする目的があるという説明がなされています。しかしその真意はリンクメタデータの蓄積にあると筆者は考えています。
上記のグラフリフレッシュはニュースフィードを「リンクの濃さ」で重みづけすることで実現されています。ここに加えて「リンクの意味」をニュースフィードに反映することが直近のFacebookの目的であると考えられます。
例えばAさんとBさんが毎日互いにレシピアプリからの投稿にいいね!を付け合っていたとします。この際、AさんとBさんの関係は「料理トモダチ」と意味付けすることができます。このデータにより、AさんのニュースフィードにはBさんのレシピアプリからの投稿が上位表示されるのはもちろん、Bさんの他の料理トモダチからのいいね!数の多い写真投稿も上位表示されるでしょう。料理に近いということで外食関連アプリからの投稿も少し上に来るかも知れません。逆にBさんのゲームアプリからの投稿は表示されなくなるでしょう。リンクに付加される関係性の意味に応じた情報が提示されることで、ニュースフィードはより関連性の高いコンテンツで埋まり、ユーザーにとってより心地よいものとなるでしょう。この取り組みが成功すればFacebookの時代はより一層長く続くことになります。
そのまた先にあるリンクメタデータの活用法は、個への提供情報最適化を越えて、関係性への提供情報最適化にあると考えられます。この領域はFacebook本体のみではなく、Facebookにアプリを提供してより詳細のリンクメタデータを蓄積する個々の事業者にも好機になるものと思います。例えばラン友達であるAさんとBさんに共通のマラソン大会の告知を行うことや、音楽友達であるAさんとBさんに週に1曲互いの直近ヘビーローテーション曲を自動配信するサブスクリプションサービスなど。
今後数年、Facebookが先鞭をつけたリンクメタデータの蓄積・活用の領域に要注目です。
2012年03月01日
成熟社会とソーシャルゲーム
人が前向きに生きていくためには社会における成功体験の積み重ねが必要です。
成熟社会では社会全体の進歩余地が小さいため現実での成功体験機会の総パイが減少し、相応の能力と社会的コストを支払える一部の者に機会が偏ります。学習効果と貧富格差により偏重はますます極端になっていきます。
このためどれだけ時間と労力を費やしても現実社会での成功を勝ち取ることのできない層が厳然と存在します。現実社会にその人々の逃げ道はなく彼らに巣食う社会病理は着々と拡大しています。
では現実社会での成功体験獲得競争で勝ち目がなかった者は下降沈滞のまま鬱々と人生をやり過ごすしかないのでしょうか?
その課題への解の一つがデジタル社会での成功体験。直言すればソーシャルゲームなのだと思います。
ゲーム内社会には無限の成功体験機会が広がっています。この世界はゲームのルールがはっきりしている分、ユーザーにとって時間金銭コストは大きくても精神的コストはずっと低いです。
「ゲームに逃げるなんて」と言える人はリアル充足のマッチョさんです。現実社会で勝ち目がない弱者がゲームとはいえ社会(ソーシャル)と向き合っていることを肯定しなくては世界の幸福総量は頭打ちです。
現実社会で得られない「生きるためのテンション」をソーシャルゲームでの成功体験で代替する層はますます拡大しています。今や代替を超えて現実社会とゲーム社会のプライオリティが主副反転している価値観も異常値とは呼べません。
しかしながら、人は最後は現実に帰るもの。
一時はリアルでの充足をあきらめてゲーム社会に身を置いたとしても、ゲーム社会で得た成功体験やテンションを現実に持ち帰り、小さくても再び現実社会での成功体験を目指せる姿が理想ですね。
2012年01月04日
2012年 新年の抱負
2012年が始まりました。
マイネット・ジャパンは創業5年半、第7期。
今年は大いなる挑戦の年になります。
気合を入れ直して過去最高にストイックに、
同時に、笑顔で仕事を楽しむことを大切に、
仲間を大事に、関わるすべての方へ感謝して、
信じる道を突き進もうと思います。
会いたいときに会いたい人に会える社会に向けて、
人と人が通じ合えるインターネットの力を信じて、
無理に売るな お客の好むものも売るな
お客の為になるものを売れ を体現して、
全身全霊で会社の成長を推進してまいります。
皆さま何卒、本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。
2012年1月4日 マイネット・ジャパン代表 上原仁
2011年12月25日
迷ったときは原点に
迷ったときは原点に立ち返るのがよいです。
ベンチャー社会に足を置いていると正解というものはありません。正解がすでに出ている物事に取り組んでいるとしたらそれはもはやベンチャーで取り組むよりも規模の経済を利かせて大企業が取り組んだほうがよい。答えがまだないところに新たな公式を見つけ出すという存在価値がある故に、ベンチャーは規模の経済に飲み込まれずに生態系を保つことを許されます。
ベンチャーマンはそんな正解のない課題に取り組んでいるのですから迷うことはたくさんあって当然です。近い課題に取り組む先達がいればまず参照するのが正攻法ですが、それでも多くは体系的に解を導き出せるわけではない。時には何度やってもうまくいかずに心折れそうになることもあるでしょう。そんなときにはまず自分の原点に立ち返ることです。
原点というのは自分がその課題に取り組むことを「決断」した瞬間の思いです。時にそれは起業を決めた瞬間だったり、就・転職を決めた瞬間だったり、事業を定めた瞬間だったりすると思います。
「決断」というのはその課題に向かう熱量が自分の中に溜まりに溜まって爆発お起こすことなので、その瞬間の思いに立ち返ることで迷いを打破する熱量を取り戻すことができます。迷いの多くは熱量が足りずに決められないだけのことだったりしますから。
また、ずっと道が見えずに迷子になった気でいたとしても、ふと俯瞰して見れば原点とその時点の立ち位置を結んだ線の延長に答えは導かれるはずです。たくさんの分岐点を自分なりに選択して今の立ち位置にいるのですから、自分を信じて原点と今とをシンプルに直線で結べばいい。
原点がわかっていればそんなに迷うことはありません。今の自分の原点が何なのかわからなくなっている人は、このお正月にたくさん時間をとって原点を探してみてはいかがでしょう。
2011年12月18日
テンションにお金を払う時代
人はテンションにお金を払う時代になったと感じています。
日本や米国などの先進国では、作っても売れないモノ余り情勢は当然のこと、物質主義崩壊はさらに進んで製品やサービスの品質や機能は即座にコモディティ化し、そこに付加されるブランドや体験そのものに価値の中心が置かれていると言われています。
'70年代までは「モノそのもの」が提供されることで人が喜ぶ時代でした。モノがなかなか手に入らないからモノそのものを手にすることに意味があり欲求を満たすポイントがありました。物欲、所有欲のレベルです。
その後'90年代頃まで「アレができる」の提供で人が喜ぶ時代がありました。なんでもかんでも機能を盛り込み、こんなこともできます!という言葉が売り文句となって、機能の所有が人々の欲求を満たしていました。全能感への欲求とでもいえるでしょう。
その後2000年を過ぎて人は「できてうれしい」の提供を受けて喜ぶようになりました。全能性の追求ではなく、ある製品やサービスを通じて生活や仕事上の便益を得られた事実が大切であると気づいたのです。
この頃から人は喜びの投資対効果をバランスさせることをはじめます。とにかくたくさんのモノ、たくさんの機能を求めるような拡大一辺倒ではなく、効率的に効果を得るほうが賢いと計算をするようになりました。
資源が豊富な環境で投資対効果をバランスさせて価値を最大化することは理論上の計算で可能になっていきますので、人の喜びはたいへん効率的効果的に供給されるようになっていきました。
そして2010年代、世の中には計算された喜びが溢れています。お金を払えば20年前では思いもつかないような品質のサービスが廉価に提供されています。あなたはきっちりマーケティングされていますから、投資効率が最も高い喜びをあなた向けの供給チャネルで提供されています。
しかしながら、計算によって高効率で溢れるほどの喜びを味わえるようになったことで、人はまた次のレベルの欲求を抱き始めました。想定外の喜びがほしい。期待値を大幅に超える体験によって、感情が揺り動かされるような喜びを味わいたいと感じるようになりました。それが私のいう「テンション」です。
テンションは人が持つ16の基本的な欲求において、その欲求を満たすための投資対効果が期待値以上のある閾値を超えていたときに生まれるものだと考えています。
「テンション上がる」という言葉があります。人はモノにお金を払わなくなり、次に機能にお金を払わなくなりました。もうすぐ便益・メリットにもお金を払わなくなるでしょう。そのとき人は「テンション上がる」にお金を払うのだと思います。
たった3年で2000億円の市場を作ったソーシャルゲーム業界はまさにテンションの市場だと思っています。外食市場で急成長している業態にもエンタメ性や意外性がコアバリューになっているものが多いです。ゲーミフィケーションという言葉がバズワード化しているのもその流れだと思います。おそらくこのトレンドは他の市場にも波及していくでしょう。
モノでも機能でも便益でもなく、テンションが価値となってお金が払われる時代。その大きな流れに逆らわずに進むことが、洗練された先進国市場において企業が生き残る道だと感じています。
2011年12月12日
企業の成長は正義
企業の成長は正義だと思います。
成長している企業には社員にとって機会が溢れ、失敗を許容する余裕が生まれます。経済的にもマネジメント心理としても。
社員が機会を得てイキイキと働く企業には前向きな空気が充満し、自然に新しいアイデアが生まれてきます。新たなアイデアを実行するチャレンジがまた許容されることによって事業成長が促されたり働く環境がどんどん改善されたりします。
成長している企業ではトップの意思決定が組織に浸透しやすくなります。社員が成長を実感しているから、意思決定を信じることができます。多少の朝令暮改があったとしても、実はどちらの手段でも結果はプラス成長に落ち着いたりするため社員の不平もそれほど膨らみません。
成長している企業では社員が育ちやすくなります。失敗への許容があることで責任が任されやすくなり、社員は自らの考えで仕事を進めて試行錯誤する機会を多く持つことができます。何度も打席に立つことで早く成長できるのです。
成長している企業ではマネジメントが育ちやすくなります。自らも大きな責任を任されやすく部下に対しても任せやすくなっているので、人をつかってチームでより大きな仕事をする経験を積み、自分にあったマネジメントスタイルを仮説検証する機会を多く持てます。
成長している企業は顧客に価値を提供している故に成長します。
成長している企業は株主に利益を還元し、資本市場を活性化します。
成長している企業は雇用を生み出します。
成長している企業では何をやってもうまくいきます。
企業の成長は正義です。
追記: 「成長している企業は正義」と読み違えて、ダークサイドに落ちないように気をつける。
2011年12月11日
成長は正義
成長は正義だと感じています。
人が成長しているときその人からは明るい熱量が広がって人を惹きつけ、またその惹きつけられた人が新しい熱量を生んで周りに伝播していきます。成長している人には自信が満ち溢れ周囲に人が集まり、そのキラキラ輝く姿を見た人が刺激を受けてまた新たな挑戦を始めていきます。
成長している人は周りから見れば魅力的に映りますが、本人は何も以前と違っているとは感じていないものです。むしろ自分の中にある成長への焦燥感に苛まれ、もっと上へ、もっと先へ行かないとすべてはすぐに崩れさってしまうものと恐れていたりします。
そんな不安を抱えながらも周りを巻き込んで次へ次へと突き進んでいく人の後ろには道ができ、後進はその道を辿りながら何かに自信を持てたときにまた分岐点を見つけて新たな道を拓いて成長していきます。そうして社会全体が進歩していく。
成長していた人がその足を止めたとき、闇は訪れます。周りに集まっていた人たちから目の輝きが消え、曇った目をした者たちが残った血肉をしゃぶりにやってきます。焦燥感は悲壮感に変わり、挑戦は空回りし、いつしか誰も見向きもしなくなります。いつか見た不安がすべて現実に変わる。
だからこそ成長は正義だと思います。社会悪を働いてまで成長すべきとは思いませんが、下らないプライドを守っていることよりも、何かに駆り立てられるように変化し成長していくことで次のステージに上がりまた違う景色が見えるようになっていく。
企業も同じ。
足を止めずに心折れずに成長し続けた人々にだけ見える世界、語っていい正義があると思うのです。
2011年12月05日
仕事を楽しめる会社
仕事を楽しめる会社でありたいと思っています。
インターネット業界は若い人が多い業界ですのでまだまだ仕事の楽しみ方を覚えていない人もたくさんいるように思います。社会人になって間もないうちはただがむしゃらに仕事を覚えたり、環境に慣れずに戸惑ったりするものだと思います。
ほとんどの社会人は人生の約半分を仕事をして過ごしていますので、その時間を楽しまない手はありません。仕事を鼻をつまんで飲み込む苦行とでも思っている人がいたら、それはとても不幸なことだと思います。仕事は心持ち一つで楽しめるものですから。
仕事の楽しみ方といってもさまざまですが、基本的には3つに集約されると思っています。
一つ目は「仲間と楽しむ」、二つ目は「価値を生みフィードバックを楽しむ」、三つ目は「成長を楽しむ」です。信じられる仲間と共に社会に求められる価値を生み出してポジティブなフィードバックを受け、それを通じて自己成長を感じられる仕事をしている人は、自ずと仕事を楽しむ人生を過ごしているものです。
「仲間と楽しむ」を実行しようとすれば最初のうちは気の合う相手とだけ仕事をするという選択をしてしまいそうですが、実際の社会生活はそう都合よくはいきません。その場合、自らを周囲に合わせて変えていくことも時に必要になります。相手と気が合わないと感じたときは大方相手もあなたと合わないと感じているものです。そんな時は自ら心を開いて性善説に立って相手を受け入れることです。それをできる人が多く楽しめる仲間を手にしているものです。
「価値を生みフィードバックを楽しむ」というのは、自らが職業上求められる使命において実行した物事が社会の何らかの人の役に立ち、それが相手の期待値を上回っていた場合に報酬やお礼や賞賛の形でフィードバックとして返ってくることを指しています。ここで大切なのは自らの生む価値が「期待値」を上回っているものであること。価値/期待値>1 の数式が成り立つときに戻ってくるポジティブなフィードバックは本当に心地のよいものです。
「成長を楽しむ」ことは自己のポジティブな変化を楽しむことです。成長には時に痛みが伴います。たとえ成長痛があったとしても現状維持でい続けることよりもずっとましだと思えることが成長を楽しむ上で大切な心持ちです。これまでできなかったことができるようになったり、より高い成果を上げられる力をつけたりすると、巡りめぐってより求める仲間と働けたりより高い価値創出とフィードバックをまわせるようにもなります。それがまたループしていくのです。
マイネット・ジャパンは仕事を楽しめる会社であるために、一人ひとりが性善説を保ちながら高い次元のアウトプットを目指して社内外からの適正な期待値と対峙できること、そして一人ひとりが変化を望んで貪欲に成長をし続ける集団でありたい。そう思って会社作りを進めています。
2011年11月06日
ビットバレー再定義の提言
今一度渋谷〜六本木エリアを『ビットバレー』と再定義してテクノロジー産業集積を促すのがいいと思っています。
すでに六本木にはスタートアップコミュニティの拠点が多くYahoo・GREE・Googleが集積し、渋谷は世界最先端の若者文化発信地でありCA・DeNA・mixiらが本拠としています。この2エリアを結んで呼称を再定義してはどうかと思うのです。
2011年11月現在のTokyoはテクノロジースタートアップにはとても恵まれた環境です。一時嘆かれたシードマネーの不足やバイアウト市場の不在も今は昔。Tokyoの起業エコシステムはブーム第3期(第1期96〜00、第2期04〜07)を迎え、世代間の情報やマネーの循環が成立し始めています。
しかしTokyo起業エコシステムの波及力は未だ脆弱で、特定のコアコミュニティに接触していないと存在を感じることは少ないのが現状です。インターネット産業に従事している起業志望者の中でも現在のシードマネー余剰とスタートアップブームを認識していない人は多数います。
エコシステムの拡大のために草の根的に複数のプレイヤーが認知活動を行っていますが、彼らが頼りにするソーシャル拡散の功罪によって、その活動は特定クラスタへのフリークエンシーを高めるのみで結果的にコアコミュニティのタコツボ化を進行させている面があります。これはたいへん残念なことです。
ここで必要となるのはマスコミ・行政を適切に動かし一般社会を巻き込むための"バズワード"の存在です。かつて"インターネット"や"iモード"がそうであったように。しかしながら起業エコシステムのコミュニティ側が度重なるバズワード浮沈への疲弊と嫌悪故に熱量の一極集中が起こりづらく波及力を欠く姿となっています
ならば一過性のブームとしてのバズワードではなく、米国西海岸同様、地域に則した呼称を起業エコシステムの旗印として共通語化することで解決するのではないだろうかと思うのです。それが冒頭に述べた「ビットバレー」。
99-00年のITバブル当時にその象徴とされた「ビットバレー」は今や過去のものとなっています。ですが実際、当時語られたインターネットとベンチャーの理想はその中心にいた生存者らの力で今や産業としての成立を見ています。今再び「ビットバレー」をTokyoスタートアップエコシステムの象徴と位置づけてはどうでしょうか。


