2005年05月16日
コミュニティマーケティングの思考
小林ScrapBookさんのところのコミュニティマーケティングに関する思考が最近熱い。このブログの筆者の書いた『2005年のコミュニティマーケティング』シリーズは必読です。
私も何度か記述したことのある、「生活者は売り手の言うことは47%、メディアの言うことは52%しか信じないのに、同じ目線の生活者の言うことは90%信じる」というような統計あたりをバックグラウンドにして、今改めてネットコミュニティのバイラルパワーをいかにかしてサービスや商品へのロイヤリティ向上から収益化へ、という思考が様々な業態のマーケティング担当者やネット業界のコマース・ブランディング・マーケティングといった職務の人々によって深められています。
特にサービス提供サイドの人間は思考の途上でどうしても「結局よいものを創って売ることが最大の口コミ誘引」というところに片寄せてしまいがちなのですが、それはそれで真なりとして、その手前のコミュニティマーケティングの基本的な方法論やプラットフォームの作り方というものについてもまだまだ思索が足りていないのだろうと思っています。例えば、「コミュニティマーケティング」という語に親和性が高いであろうネットコマース事業者の中でも相応に成功しているサービスでこの領域に真剣に手をつけているものといえば、Amazonのレビューや楽天市場の楽天広場、ケンコーコムのケンブロといったところくらいでしょうか。
例えば、まずはあるコミュニティがあったとしてもそれがマーケティング的なるものを排他する空気を持っているときにはそのコミュニティはコミュニティマーケティングの土台としては活かしにくいから(例えば初期のmixiにゼニカネの匂うサービスを持ち込んでいたらmixiのここまでの成長はなかったでしょうね、とか)、最初からある程度経済原則ありきのコミュニティづくりにするには少し年代層を高めにターゲティングしたUIやら機能設計やらメッセージングやらが必要になるね、とか、
出来上がっているコミュニティの中で、人々が話し合ってるうちにほしくなったり話題についていきたくなったり話題の(先進的な)ネタがほしくなったり話題を思わず信じてしまうような会話そのものやレビューや口コミの誘発やファシリテイトって、企業側・サービス側が上から下へのコミュニケーションスタイルでは絶対起こりえないし、意図的にそれをやっているふうな「いやらしさ」に対しては多くのコミュニティユーザは敏感に嫌悪を示すし、じゃあ最初から企業側の人間が「売り込みますよ~」とゆるく宣言するなどして(TIIDA BLOGっぽく?)そのコミュニティの経済性を定義した上でなおかつコミュニティユーザにコミュニケーション欲求を起こさせるようにするのって、相当のコミュニティ運営スキル(or天然)が必要だよね、とか、
やっぱり今の時点で様々なプラットフォーム上に存在しているコミュニティにはそれぞれのコミュニティに自然発生的コミュニティリーダーは存在していて、そのコミュニティが経済性の組み込まれたものであればその人はマーケティング的にプロシューマーと呼ばれる人であったりするわけで、そのプロシューマーをまた自分のところのファンにしていくことが最も効率がよいわけだが、かといってカネでプロシューマーを買うようなことをするとそれがばれるだけでその人のコミュニティ自体が炎上(一時のワーキングマザースタイルでのお金もらってのレビューが収益源騒動)したりもするわけで、カネじゃない形でのメリットを得てもらうにはそもそものインフラやら人手の提供が一番わかりやすいかな、それでもいやがられるかな、
とかいった思考が繰り広げられたりするわけです。
そんな思考のアウトプットをしっかり組み立てて、売り方・見せ方・参加してもらい方について実サービスや実プラットフォームに転化することが、インターネットが「生活に組み込まれる」という次ステップの姿なのかな、などと妄想したりしています。
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