2005年07月05日
はてな 近藤社長に思うこと
「はてな」についてのITメディアの記事がたいへん面白かった。岡田有花さんの真骨頂ですね。
「あしか」は、はてな開発陣の進行管理ツール。材料は段ボール箱と、コピー用紙の裏紙だ。箱は4つの区画に仕切ってあり、「終わった」「すぐやる」「そのうちやる」「ペンディング」と書かれている。開発タスクは紙に書き、どんどん箱に入れていく。アナログなことこの上ないが、これで十分だという。
スタッフのスケジュール管理も、ずっとアナログだった。壁掛けカレンダーに、全員の予定を手で書いていた。ある時、「社外からも予定を知りたい」という声が出たため、改善策を考えた。「ライブカメラでカレンダーを映したらいいんじゃないか、とか」
おもしろすぎる。はてなという会社の、本質を突いて常識を無視して自ら産み出す、という感じのスタイルに見事に合致している。
「他の人がどうしているかとか、よくある製品がどうなっているのか見たら、その時点で思考停止。そうではなくて、自分が欲しいものを自分の頭で考える努力をしないと、いいサービスは作れない」
お見事としかいいようのないロジック。なぜなら、はてなは今のところそれを貫いた上でユーザの支持を得て成長ラインに乗っているから。他の誰かがスタイルだけを真似しようとしても、まったく意味を成さないだろう。むしろ、普通の産業では「自社のリソースで競合との市場競争に如何に打ち勝つか」というロジックが先に来る。インターネット業界の中でも、すでに市場が生成された領域ではそんな競争ロジックの方に分があると言える。
はてなの場合、まさしく「人のやっていることをはてながやる意味はない」の言葉の通り、市場のタネを産み出し続けることをミッションのごとく位置づけている会社であるためそのロジックが通る。そして、近藤氏の”底の見えないふしぎちゃん”な生来の性質が相まって伊藤氏や川崎氏、はたまた梅田氏のような有能極まりない人々がはてなに惹きつけられて来て、その人たちがまたどんどんとはてなをはてなっぽい会社に仕立て上げている。
彼らはどこまでそのスタイルを続けることが出来るだろう。くしくも記事内で近藤氏が語っている「近藤の限界をはてなの限界とはしたくない」という言葉が苦しく響くが、今の印象では、社員数が増えて近藤氏の神通力が届ききらなくなり、近藤氏が年齢を重ねて大人たちに揉まれ、次の世代が純粋に彼の”ふしぎちゃん”っぷりを受け止められなくなったとき、そのスタイルは崩れてしまうことだろう。もしそのスタイルを「文化」と記事内で語っているレベルに昇華させたいと思うなら、”はてなっぽさ”が薄まっていくことを許容しても、歴史が教えてくれる「組織」のあり方を理解し、ある程度は型にはめていくことだと思う。別にに官僚っぽくなるべしとか事業部制ひくべしとかの意味ではなく、社員30人の壁を超えるための社員間コミュニケーションと対外関係の組み立て方には一定の定理のようなものがある、という話。また、「スタイル」は人につき、「文化」は組織につく。今のはてなっぽさはまだ「スタイル」だ。
近藤氏には組織を作ることの壁を着実に乗り越えて、高濃度の”はてなっぽさ”をうまく日本のインターネットに流し込みながらはてなそのものは希釈して、長く続く会社、長く続く文化を創ってほしいと願う。
トラックバック
このエントリーのトラックバックURL:
http://huehara88.sakura.ne.jp/mt/mt-tb.cgi/105
» はてなっぽさ、の続き from 神保町ではたらく社長の日記
http://ceonews.jp/archives/2005/07/post_69.html
この間NILSで近藤社長が話しいたことに思うことがあっ... [続きを読む]
トラックバック時刻: 2005年07月08日 21:53

