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2006年04月05日

ふとしたブログ論

このところ書き仕事をいくつかいただいて進めている中で感じていることを綴ってみる。ある意味これまで私が発してきたこととの齟齬は否めない内容なのでご容赦いただきたい。

紙媒体にモノを書いてそれが残っていくというのはたいへんうれしいことではあるがその責任の重さというものはブログで情報を発信しているのとはまた異なるものがあるのを感じる。当たり前といえば当たり前。特に自分の今この瞬間の興味の中心にあるものとは異なるものを書いているときにそれを強く感じる。その違いがどこにあるのか、ということを考えてみると、おそらくそれは「誰に向かって書いているか」というところにポイントがあるのだろう、ということを思う。

ブログであれソーシャルネットワーキングであれ、このところのムーブメントの中で成立してきているインターネット上での情報発信手段は、一見メディア的なものに映るところがあるために「コンシューマー・ジェネレイティッド・メディア」などという呼び名もついてもてはやされている(私自身ももてはやしている側の一人であるが)が、それが発信者個々人の自己管理世界の下に存在しているというところに、これまでのマスメディアなどとの違いがあると感じる。

ブログがインターネット全体に対する情報発信手段であることは確かなのだが、それの存在場所があくまで書き手自身の管理下にあることで、その情報が是であれ非であれ読者側はそのあり様を根底から批判したり礼賛したりすることはできない、もしくはしても不毛なのではないか、というようなことを思う。

なぜなら、ブログでもSNSでもその情報の置き場所自体が書き手の所有物であり、究極の目的が人に何かを訴えること自体ではなく、自分の経験なり能力なり金銭なりの報酬に帰結するようにできているからだ。つまりその言葉は読者には向かっていない。読者は、読者と向かい合っていない文章に向かい合いすぎることは不毛だし、その本来向き合っていない熱量の相互関係からはあまりいい結論は得られないような気がする。おそらくそれなりに生暖かく見守ってみたり、適度に参考にしてみたり、トラックバックやコメントで適度な濃度のコミュニケーションをとっておくくらいがちょうどいいのだと思う。

ブログは自己分析に最適、とか、ブログでの出会いが自分の幅を広げた、とか、ブログは自己研鑽である、とか、ブログでセルフブランディングとかいったブログお役立ち論はそこここで見られるようになった。ブログというものの効用が最適化されるのはやはりそういった「自己」に向かうときなのだろうと思う。反対に、既存のマスメディアであれ、ネットの中でも集約サイト・集合型サイトのようなものであれ、所与において「他」に向かうことを目的としている場においては、より読者に対してマーケティングされた文章が意味を持つのであろう。

ブログを書くのにメディア向けと同じ気分で書いていちゃ、本来の意味さえも失ってしまうということだ。ブログのはずがマス媒体気分になってしまう、というのはブログのアクセス数が増えてくるとよくはまるワナなのではないかな、と思う。

忘れちゃいけない。ブログは自分のために書くのだ。


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