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2007年04月26日

Web3.0(笑)


Web3.0とかって、いくら進数で表すことがわかりやすいからって、普通に考えて口にするだけでも自己消費的だと思うのですが、O'Reillyさん的にはこういうロジックがあるのだそうです。共感。

Tim O'Reilly氏が「Web 3.0」を語らない理由:ITpro

O'Reilly氏は基調講演で「われわれはまだパソコンの歴史でいうところの『VisiCalcレベル』にいる」と語った。Webに「VisiCalc」のようなキラー・アプリケーションが登場し始めてはいるが,本当に重要なアプリケーションが出てくるのはむしろこれから,というのが O'Reilly氏の主張である。もしWebに新しいキラー・アプリケーションが登場して,それが「Web」という概念すら変えてしまったとき,それは「Web 3.0」ではなく別の名前で呼ぶべきなのだろう。

Web2.0の基本概念として「Webがプラットフォームとなる」というのがありますが、その考え方から紐ついた納得感のある話。ブログとソーシャルネットワークはWebがプラットフォームとなる上での重要アプリケーション(というかプラットフォーム)だと思います。人がWebに参加するための障壁を大きく下げたのがブログであり、人がWebのノードとなる垣根を大きく下げたのがソーシャルネットワーク。

ここで言う「ブログ」というのは人の「意思」をWeb上に置いていくための入り口であり、「ソーシャルネットワーク」というのは人のリアルの「関係性」をWeb上に置いていくための入り口である、という考え。この二つのアプリケーションが入り口となって母体形成が成されたのが現在のウェブ環境であり、「ソーシャルプラットフォーム」とでも呼ぶべきWebの2.0な姿なのだと思っています。

2006年後半あたりからの数年は、それらのプラットフォームが一般社会との軋轢も起こしながらより社会浸透していく時間であると同時に、それらのプラットフォームの上に新たなアプリケーションが林立していくフェーズである、と捉えるべきものと個人的には思っています。newsingのようなソーシャルニュースもフォト蔵のような画像共有サービスもそういったソーシャルプラットフォーム上のサービス群の一環であり、今後一層さまざまな同レイヤのサービスが林立・拡大するものと考えています。

ただし、現時点ではまだまだこの新しいプラットフォームのうちの「ソーシャルネットワーク」側がプラットフォームとしての機能を果たせる状況にはありません。「関係性」がオープンにされる状況にないからです。これは先日のエントリーでも上げていた社会文化的な課題が残っているからであり、啓蒙したりタイミングを見計らいながら既存の文化との軋轢を超えていかなくてはいけないのだろうと思います。

本当の意味でWeb2.0が終わるのはこの壁を乗り越えられたときなのだろう、と考えています。

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