2008年08月29日
九段ではたらく社長が会長になった件
驚いた。
エフルートの佐藤社長が社長を退いて会長に、副社長の尾下さんが代表取締役社長になるとのこと。
零細中小企業でおわるなら、若い20代~30代をあえてこの厳しい世界に身をおいて生きていく必要もないと思いますし、それで終えはならないという強い使命感を私自身持っています。
昨夜ご本人からのメールで知った。真意は伺っていないが、大好きな佐藤さんが決定したこの英断を応援したい。
佐藤さんと尾下さんのコンビネーションの良さについては以前も書いたことがある。右脳の起業家・佐藤さん×左脳の実務家・尾下さんの見事な役割/キャラ分担は他ではなかなか見られないレベル。今回のフォーメーションチェンジはその役割分担を次のフェーズに切り替えるサインなのだろうな、と。
個人的には起業と事業と経営とは全く別のものだと思っている。業を生み出すことと、業をビジネスとして成立させることと、業が回っていく会社を運営することの違い。当然それぞれに必要な資質は別。起業家は発想力、事業家は構想力、経営者は構成力。
起業家タイプは一定の期間で事業家としても発露しなければ一過性の存在で終わってしまう。最初から事業家タイプの人は凡庸なビジネスに陥りがち。経営者タイプはなんだかんだ言って起業できずにハイパーサラリーマンになったりする。
起業家が事業家になり、企業の成長と共に経営者となって次の起業家を育てていくというのは絵面としては理想的だが、実際そうそううまくはいかない。起業家から事業家になった人は経営者にまではなりきれなかったりする。否、ならなくてはいけない訳ではない。経営者は外で見つけてきたらいいのだ。GoogleのシュミットCEOとペイジ&ブリンの関係のように。
しかし日本の社会ではベンチャー周辺まで含めて「創業社長」なる人物が事業も会社もすべてを司るスーパーマンであるべし、というような風潮がある。実際、50人くらいまでのうちはそんな役割分担もへったくれもなく駆け上がらなくてはならないのだけど、そこから次に行くには一人で全部の役回りをやっていては企業成長が止まる。その規模になる前に自分の役回りを決め、別の役を担う人物が登場していないといけない。
日本のベンチャー環境は変わってきた。2003年頃からはベンチャーマネーがそこそこ回り始め、新興市場が整備(不備多いけど)され、上場するならJ-SOX対応だ。そんなもの全てを相手しようと思ったら「大人」でないと立ち行かない(もしくは多重人格化)。でも大人になるのは起業家にとって死だ、基本的に。大人になると「世界を変える」とかできなくなるから。
だから本当に世界を変えるつもりの起業家は経営者になどならなくていい。経営者(≒社長@日本)は然るべき人を迎えればいい。起業家は社長じゃなくなったっていい。理念を通じて社会に価値を生むのが企業の存在意義なのだから、その存在意義を果たすためなら社長だって会社のカタチだって変えていけばいいのだ。
佐藤さんが今回した決断はそういうことなのかな、と思っている。そしてこれから多くの本当に世界を変えたい国内ベンチャー起業家が追随していけばいい動き方だと思う。
トラックバック
このエントリーのトラックバックURL:
http://huehara88.sakura.ne.jp/mt/mt-tb.cgi/764

