2011年10月16日
O2Oに向かうウェブの構造変化
ウェブという語に対して想起するイメージ図というのは人それぞれだと思います。ある人にはTwitterのホーム画面だったりある人にはメッシュ状のグラフ図だったり。私の場合は長らく、小学校の理科室に置いてある分子構造の模型のようなものを無限につなぎ合わせたような立体をイメージしてきました。
それが最近少し変化してきています。
ネット勃興期にもWeb2.0ブームの折にも、ウェブは情報の垣根を取り去り社会のフラット化を押し進めると人々は語りました。実際にそれは大きく進み、情報流通の面では革命的ともいえる変化がウェブの普及によってなされてきたと思います。
しかしながらリアル社会、特に三次元の物理的な人の営みにおいてはウェブによる変化はそれほど大きなものではありません。一般の住居や地域社会、ビジネス交渉や飲み会や週末の過ごし方といったところにウェブの影響は軽微なままだと思います。そしてこれから大きく変化するのはこの領域、O2O(オンラインtoオフライン)の領域だとも感じています。
ウェブが現実を拡張していくO2Oの領域では、ウェブのフラット化のエネルギーは構造全体をフラット化するところまで進むことはありません。なぜならO2Oにおいてウェブは現実社会の人の営みを内包することとなり、そこには絶対認知や真分散は成立せず、物理社会に必ず生まれるヒエラルキーをも取り込むことになるからです。
このあたりは私の中でもまだ論理飛躍的な面もあるのですが、感覚としては確信に近いもので捉えています。
ゆえに私がウェブによって想起する図がこのところ、分子構造のつながりの個々のクラスタがオフライン側に近づくほど三角柱の形になってヒエラルキーを形作っていくようなイメージになってきています。美しい分子構造に対して現実社会の重力が影響した立体。
卑近にいえば、オンラインでのやり取りだけを行う上ではフラットが成立していたウェブコミュニティでも、物理的に顔を合わせると好むと好まざるとに関わらずバックグラウンドからなるヒエラルキーが生まれる現実を直視するというようなことです。
これはウェブ原理主義者にとっては受け入れ難いことですが、ウェブがO2Oにその概念を広げて現実拡張の領域に進んでいく現在の姿においては受け入れるべき有様なのだと思います。今も実名現実社会を飲み込み続けているFacebookが作っている構造がそれそのものだと感じています。
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